大津神社(羽曳野市)(おおつじんじゃ)

ご由緒
応神天皇(4~5世紀はじめ)の御代に、文字をはじめ各種の大陸文化が朝鮮半島を経由して我国に伝来した際、当河内地方は難波の港と大和を結ぶ要路であったことから渡来人が土着し、荒地を開拓し産業を興して、遂に河内文化の繁栄を見るに至った。当時この地方には、百済貴須王の子孫といわれる「葛井(ふじい)氏、船氏、津氏」の三氏が勢力を張っていた。この三氏のうち津氏一族がこの地を卜して「大宮山」と称し、自分達の守護神を奉斎したことが「大津神社」の発祥だろうと云うのが古来からの定説で在る。このように大津神社は津氏一族の守護神として創祀されたが津氏一族が朝廷に召されれて大和に移住し、また時代の推移に伴って氏姓制度が衰退していくと、中世以降には、大津神社はこの地方九ケ村の人々の「氏神」として受け継がれ、「河内の大宮」と称えられた。その後、仏教の隆盛に伴い、「本地垂迹説」に基づいて「午頭天王社」と称し、境内に宮寺真言宗大宮山南之坊を設けて神仏混淆となり、社僧の支配を受けた。明治維新になると、新しい神社制度が定められ、神仏混淆が厳しく禁じられたため、高鷲、埴生両村の氏神として明治5年5月村社に列格され、「神道大津神社」となりった。第二次大戦後は、占領政策の神道指令によって国家の支配を脱し、昭和21年6月2日、宗教法人令に基づき神社本庁所属の「宗教法人大津神社」として発足、今日に至っている。
住所
583-0882
大阪府羽曳野市高鷲8-1-2
御祭神
素盞嗚命(すさのおのみこと)、奇稻田姫命(くしなだひめのみこと)、天日鷲命(あめのひわしのかみ)
電話番号
072-955-0945
営業時間
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標高
28m
社格
式内小社
系列
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