天手長男神社(あめのたながおじんじゃ)

ご由緒
『壱岐神名記』は若宮という、天手長男神社としたのは平戸藩の国学者橘三喜(1635~1703)であった。橘三喜は『一宮巡詣記』に「天手長男神社は壱岐国宗廟たりといへども、跡かたもなく」とし、田中の城山竹薮の中に分け入り、神鏡1面、2座の石体を堀出し石社をつくり、後世に伝えるためにと記している。延宝4年(1676)のことである。松浦藩主の命により元禄元年(1688)に初めて宝殿、拝殿ができた。橘三喜の査定は地名によると思われるのが多いとして、芦辺町の湯岳興触の興神社の地をさすという説もある。
住所
〒811-5117
長崎県壱岐市郷ノ浦町田中触730
御祭神
天忍穂耳尊(あめのおしほみみ)、天手力男命(あめのたぢからおのみこと)、天鈿女命(あめのうずめのみこと)
電話番号
0920-47-5748
営業時間
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標高
51m
社格
式内大社(名神大)論社・壱岐国一宮後継社・旧村社
系列
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