稲主神社(いなぬしじんじゃ)

ご由緒
貞応2(1223)年、鎌倉幕府の要職にあった源頼茂は、政局利あらず当地に落ち延びたが、村で紅稲93把の盗難があり、嫌疑をかけられた頼茂は、7人の子とともに腹を割いて紅稲を食していないと潔白を証明したのです。当社はその頼茂と7人の子の霊を鎮めるために、村人によって創建されたとされている。
住所
849-2201
佐賀県武雄市北方町志久木ノ元
御祭神
倉稲魂命(うがのみたまのみこと)、木之元氏霊神(きのもとうぢみたまのかみ)
電話番号
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営業時間
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標高
10m
社格
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系列
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